2006/11/26 Sun

Internet Explorer 7の危なっかしさ

正規版のInternet Explorer 7が公開され、私のPCにインストールしたのは、PCを修理に出す前のことだ。すでにベータ版を使用していて、それをバージョンアップする程度のつもりだった。

かなり不安定だった。
とくにFlashが使用されているインタラクティブなWebページを閲覧しているときに発生することが多いのだが、ページを切り替えるかなにかしたとたん、「終了します」のエラー・ウィンドウがポップアップする。
あまりにも頻発するので、そのうち、閲覧を急いでいるときや面倒なときには、OKをおさずに、エラー・メッセージ・ウィンドウが表示されている状態のまま、閲覧を継続したときもあった。

こういう現象は、少なくともInternet Explorer 6のときには、ほとんど発生しなかったと思う。ベータ版のときにも度々発生していたが、正規版になったとたん、その頻度が格段に上がったというのも始末が悪い。
Flashと関連があるのかは確かなことではないけれど、疑いの余地はあると考えている。もしこの推測が正しければ、Flashが使われるサイトが増えているなか、このInternet Explorerの新しいバージョンをこのままの状態で使い続けるということは、かなり危なっかしい。

辟易して、以前のバージョンにもどそうと試みたが、ベータ版のときのように、アンインストールを簡単に行える仕様にはなっていないうえ、以前のバージョンのインストールをそのまま始めようとすると、「すでに最新版がインストールされています」と、そのさきにすすめない。
もとにもどそうとすれば、再セットアップしか手がないのだろうか。

そんなことを考えていたので、今回、修理からもどってきたPCをセットアップする際、初期搭載されているInternet Explorer 6のバージョンを維持して、セキュリティ上のアップデートをするにとどめて使用している。
あのタブを使いこなせるようになり、勝手の良さを気に入っていたところなので、かなり使いにくいのだが、あの強制終了メッセージが頻繁に出てこないのは、たいへん助かる。
大打撃だったし、小売店やメーカーへの苛立ちや悔しさをまだ拭い去れない、とんでもない不慮の事故だったが、殊、ブラウザのセットアップに関してだけは、ある意味幸いだったかもしれない。
posted by Kyawa at 10:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | PC

2006/11/23 Thu

我がPC、LL5307A型

11月12日に、ふたたび修理に出した我がノートパソコンLL5307A型が、ようやく手元に戻ったのが、きのう22日。

今回の故障部品はハードディスクだったそうだ。
11日の夜にシステムが強制的にシャットダウンし、幾回目かの起動の際、かなり大きな異音が発生。翌日12日にコジマ電機のサポートカウンターに持ち込んだ。
9月18日に修理に出し、10月5日に戻ってきてから、約1カ月間は、何事もなかったわけだ。

修理費用は2回の合計で5万円ちょっと。
コジマ電機で購入したので「5年保証」が付いており、故障修理の際の自己負担限度額が3万円で済むはずだったが、初回が2万円、今回の修理が3万円だったので、適用しなかった。
一度に済めば、2万円は安く上がったのに、悔しい。

昨夜は遅くまでかかってセットアップ。
CD-Rバックアップしておいたデータを読み込もうと、CDドライブにCD-Rを挿入したら、相変わらず読み込みが不安定。作業中にエクスプローラーがフリーズしてしまい、CDドライブも反応せず。
本体に悪影響を及ぼし、戻ってきたその日にまた故障してしまったのでは泣くに泣けない。ノートパソコンのCDドライブは、この際使わないようにして、今後、CD-Rはもちろん、CD-ROMも、以前購入しておいた外付CDドライブで読み書きすることにした。

今回応対したコジマ電機の店員によると、モバイルとしてPCを使っていると1年くらいで故障するのだという。彼が言うには「一般にノートPCは、およそ3年ほどで故障する」とのこと。
初回の故障の際、NECのサポート担当者から聞いた話と違う。メーカー側の担当者は、3年しかもたないというのは根拠がないと言っていた。
どちらが本当なのだろう。
posted by Kyawa at 18:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | PC

2006/11/09 Thu

更迭

米国中間選挙(日本の中間選挙とはかなり政治的比重は異なるけれども)の影響か、かのラムズフェルドが「更迭」されたという。
この「更迭」で、大統領、彼自身の政治的能力への評価を高めうることができるのかという点では、すなわち、これで共和党、ブッシュ政権への批判の集中が治まり、収拾が付くのかという点では、不安定材料を、ブッシュ政権のこれまでの内政外交政策は、なお、抱えたままだ。

イラクは、かつてのベトナムか。
否、むしろ、ベトナムよりも、広範囲に米国の外交政策の「無効性」を突きつけるものだろう。
キーマンとされるアーミテージ元国務副長官は、世界的に、アメリカ軍事脅迫威力を基盤とした、世界情勢に応じた社会科学的効率的と彼らが思っている、在日米軍再編成戦略を奏した中心人物であるからだ。キーマンではあるだろうが、自分自身の成した「成果」を50年後まで見通せる「アジア」通ではない。

イラク市民へのNHKインタビュー録画は露骨だ。
共和党が負けて民主党が勝っても、イラクは変わらない…
そのとおりだろうと思う。一部アメリカ「自称」知識人集団の間に、アメリカ民主党が勝って、共和党・ブッシュ政権、引いてはアメリカ政府の外交戦略が変わるという期待があるようだが。
ワタシも含めて、世界の市民は、なんらの幻想も抱いてはいないのだ。

第三の勢力が米国政治にも発展することを祈念しつつ。
わが国においても、他人事ではないから、メディアは叱咤しつつ、期待は微塵も抱かず、われわれ自身の行動と「取材」で、市民世論を構築するしかない。

ベネズエラに学べ
posted by Kyawa at 21:17 | Comment(4) | TrackBack(0) | イラク

NHKに制作してほしい番組

さきほど、つぎのような「意見・要望」を、NHKオンラインのメールフォームを利用して送信してみた。
番組製作の提案です。
現在、その改定が論議にのぼっている、日本国憲法や教育基本法などをはじめとする、国の基本法規の、朗読特集プログラムを、連続定期放映してはどうでしょうか。NHK教育の番組「にほんごであそぼ」の中に、宮沢賢治の詩などの方言朗読のコーナーがありますが、たいへんユニークで意欲的な内容だと思います。
改定がくり返し取りざたされている、最高法規をはじめとする国の基本法規、現行条文そのものをまず知っておかねばなりません。
現行条文自体も知らないままでは、改定論議に、国民の大多数がついていけません。「にほんごであそぼ」などのように、条文そのものを美しい多様な日本語で読み、聞き、知ることができるような番組を、現在の状況の中で提供することは、公共放送機関として、たいへん重要で不可欠な仕事ではないでしょうか。ご検討をお願いいたします。
このことをふと考えたのは、9月下旬のことだったし、「改定したい派」の教育基本法改定スケジュールのテンポからすると、ちと遅きに失したかという思いもあるが。
憲法や教育基本法もだし、労働基準法もやってもらいたいと思っている。
できれば、国連憲章とか、子どもの権利条約とか、日本が一応批准した格好になっている国際法規もプログラムになればいいな。
どうかなあこんなの。
posted by Kyawa at 17:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 憲法

2006/11/08 Wed

暦どおり

きのう、11月7日がちょうど立冬だった。暦どおりの冷え込み。
まわりの人がみな厚着をしている。
私もとうとう今年はじめてフリースを羽織る。
羽織ろうとして、はじめて気がついた。サイズがLLだった。

このフリースは引越し前、アパートの近所に住んでいらした方の息子さんのお下がりをゆずっていただいたもので、色もモノもよかったのでよろこんでいただいたのだったが、サイズを確認したのは今回がはじめてだった。
どうりで、やたらと袖が長かったわけだ。

今度、身丈に合うサイズのフリースをもう1着そろえてもいいかもしれない。今年の冷え込み。
posted by Kyawa at 23:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006/11/01 Wed

美しくない日本語

『美しい日本』というホンが話題をよんだが、私はかなり前から気になっている言葉遣いに関する違和感がある。

数年前、すなわち5、6年前、NHKの主に女性を対象にした教養番組に登場する司会アナウンサーの女性とゲストで登場する女性さえ使っていた。当時から今もだが、40歳代から60歳代の女性に、このイントネーションを使用する方が集中しているようだ。
名詞など体言でいったん言葉の流れを止める。それも疑問を呈するように上げ気味で。
なにやら、数十年前に体系化された山の手言葉に通ずるものがある気がする。たとえば、なんにでも「お」をつけて丁寧語に見せかけようとする押し付けがましさ。おもねりのようでいて自分の優位を確認するような響き。
NHKのこの時間帯の同番組に登場する「おば様」方の、この言葉遣いを聞くと悪寒が走る。この言葉遣いが、やはり同年代の周囲の女性たちが使っているのを聞いたのは、あまり多くないのだが。

私が卒業する間際の大学の後輩が使っていたから、かなり古い言葉遣いなのだが、いまや完全に市民権を得ている。「じゃないですかあ」。
これは確認であるが、相手の了解をあえて必要としない。この独特の言葉遣いを聞いたとき、かなり違和感を持ったものだが、いまや、私自身が時々使ってしまうことがある。それに気がついたとき、かなり落ち込む。

こういう言葉遣いには、いわゆる「美しい日本語」という形容は似つかわしくない。知性も感じさせない。タレントでモデルとしても活躍していて、ある番組や雑誌の形容で知性ある女性として紹介されている「はな」さんの言葉遣いにも、私は一片の知性も感じない。彼女の蓄えている知識や教養の片鱗を、会話の内容から感じることはあるが、それが彼女の話の形態にはいっさい反映していない。

そういえば、『美しい日本』の著者は、かなり美しい日本語を話すが、その内容には知性や教養や真摯さを感じさせない。これはなかなか興味深いことだ。
posted by Kyawa at 00:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記