こんなに早くテレビで見られるとは思っていなかった「武士の一分」。
テレビ版予告編を幾度か見ていると、それまでのキムタク偏見が吹っ飛んだ。
というくらい、木村拓也氏には、これまで幾度となく見てきた番組で培われてきた偏見で、頭がいっぱいだったから。
本編を見て、木村拓也さんが、日ごろジャニーズ事務所の一員として、テレビ・タレントとして見せている一面と、プロの俳優として見せる面との、違いの大きさに驚かされた。
たまたま、貝の毒にあたってしまった毒見役の平侍。高熱で3日間目が覚めなかった様態から、目覚めたときに、ふと目を開けたその眼。
役の上では、その眼、すでに視力を失っている。
が、キムタク、見事に、その視力を失った眼を演じきっている。
眼の視点の空ろさを、開けた瞬間から維持するというワザ。
これには“凄まじさ”をすら感じた。
“毒味役”という役職のうらさびしさを感じさせる、山田組が見せてくれていた、独特のたたずまい。
平役職の地方武士の役宅の侘しさ。
これって、木村拓也という資質が、山田監督の手腕によって引き出されたものではないかと。
八目神社の境内。“お百度参り”する“御新造”(映画本編を見るまで、その本来の意味を知らなかった)。
途中、見るからに辛そうに裸足で荒い息遣い。ここはもっと自然にやってほしい、というのはオトコのサガか。
山田監督は、ここでむしろ、女性のこの時代での辛さを、丁寧に描こうとしたのか。
人間群像をきっちり描く山田監督。
その群像をきっちり堅く支える背景映像の、配置と陰影の確かさ。
親戚の寄り合いの一連のシーンがあるので、それ以降のシーンの説得力がある。
しかし、難を言えば、木村氏と坂東氏以外の役者に、ちょこっと不満。
いや、もうちょっと思い切り言い切ってしまうと、キムタク中心の演出だったんじゃないかと思ってしまうくらいでした。
そのくらい、主役が光り輝いてました。
こんなに、木村拓也が逸材だとは、思わなかった。
この逸材を生かしきった監督の手腕が光った作品だったんじゃないか。
2007/12/31 Mon
2007/12/30 Sun
“無法松”と園井惠子
先日、新藤監督作品「さくら隊散る」を視聴。
そこでクローズアップされていた園井惠子さん出演、以前から好きだった阪妻主演の作品を、ようやく視聴できた。
幾度もリメイクされたらしい「無法松の一生」。
ところどころ、無残な編集の痕跡。
これだけあからさまに、寸断されたと分かるような切り方をしているということは、なんらかの意図があるのではないかと思わされる。
阪妻の名演はもとより、園井惠子の美しさと、予想を上回る名演技に、圧倒される。
近辺の女優に平均的な音域より、やや低音の、落ち着いた音域の、落ち着いた情感豊かな(そしてわざとらしくない)セリフ回し。
マツゴロウと夫人との間の、頼り頼られる、男女の情を交えつつも一線を越えられないからこその結びつき方の濃い関係。
その人間らしさ。
作品の風景、風俗、空ですら、現代、リメイクしようとしても、相当の労力と、あるいは、CGでしか再現できないであろうと思われる、時代背景。うらやましさを感じるのは、映画関係者ではない、いろんなCGで中途半端な“再現”に辟易している観る側だからこそ。
それよりなにより、涙したのは、これほど美しく、演技力ある俳優が、原爆によって、無残に命を絶たれなければならなかった無残さ。
そこでクローズアップされていた園井惠子さん出演、以前から好きだった阪妻主演の作品を、ようやく視聴できた。
幾度もリメイクされたらしい「無法松の一生」。
ところどころ、無残な編集の痕跡。
これだけあからさまに、寸断されたと分かるような切り方をしているということは、なんらかの意図があるのではないかと思わされる。
阪妻の名演はもとより、園井惠子の美しさと、予想を上回る名演技に、圧倒される。
近辺の女優に平均的な音域より、やや低音の、落ち着いた音域の、落ち着いた情感豊かな(そしてわざとらしくない)セリフ回し。
マツゴロウと夫人との間の、頼り頼られる、男女の情を交えつつも一線を越えられないからこその結びつき方の濃い関係。
その人間らしさ。
作品の風景、風俗、空ですら、現代、リメイクしようとしても、相当の労力と、あるいは、CGでしか再現できないであろうと思われる、時代背景。うらやましさを感じるのは、映画関係者ではない、いろんなCGで中途半端な“再現”に辟易している観る側だからこそ。
それよりなにより、涙したのは、これほど美しく、演技力ある俳優が、原爆によって、無残に命を絶たれなければならなかった無残さ。
2007/12/29 Sat
記憶
この時節だから、ひさしぶりに湧き上がってきた記憶。
たしか、Nと言った。結婚してからはMと名乗ったはずだ。
私の記憶のなかで、どこまでも追い続ける名、あるいは姓。
小学校時代。物心ついてから、はじめて記憶に意識的に名を残している教師の名残。
当時本流だったUTAGOE運動の先頭にたって、生徒たちに率先して指導していた歌声。
平和、核兵器廃絶、労働歌などなど。
“しあわせは、おいらの願い。仕事はとっても苦しいが…”
“青い空は、青いままで、こどもらに伝えたい…”
そして、往復ビンタ。
泣き喚いても、それは、生徒の弱さだと言って、許してくれず、立て続けに受け続けた。
ある日、たまたま包丁で深く傷つけた傷を、ウソつきと決め付けられ、母親からクスリをぬりつけられしっかり結わえ付けられた包帯を、わらわらと解かれた屈辱。
解かれ露になった傷口の無残さに、当の本人も呆気に採られながら、解いたことの“責任”ゆえに、そのまま保健室に追いやられた。
“たった”30年足らずの年月。
しかし、その仕打ちを、当の暴力女教師も覚えているわけもなく…
彼女は、たぶん、かの地で、“信頼をえるほどの”十分な教育を施したものと自覚しているはず。その経歴の脈絡で、校長も勤め上げた由、風の便りにきいている。
たしか、Nと言った。結婚してからはMと名乗ったはずだ。
私の記憶のなかで、どこまでも追い続ける名、あるいは姓。
小学校時代。物心ついてから、はじめて記憶に意識的に名を残している教師の名残。
当時本流だったUTAGOE運動の先頭にたって、生徒たちに率先して指導していた歌声。
平和、核兵器廃絶、労働歌などなど。
“しあわせは、おいらの願い。仕事はとっても苦しいが…”
“青い空は、青いままで、こどもらに伝えたい…”
そして、往復ビンタ。
泣き喚いても、それは、生徒の弱さだと言って、許してくれず、立て続けに受け続けた。
ある日、たまたま包丁で深く傷つけた傷を、ウソつきと決め付けられ、母親からクスリをぬりつけられしっかり結わえ付けられた包帯を、わらわらと解かれた屈辱。
解かれ露になった傷口の無残さに、当の本人も呆気に採られながら、解いたことの“責任”ゆえに、そのまま保健室に追いやられた。
“たった”30年足らずの年月。
しかし、その仕打ちを、当の暴力女教師も覚えているわけもなく…
彼女は、たぶん、かの地で、“信頼をえるほどの”十分な教育を施したものと自覚しているはず。その経歴の脈絡で、校長も勤め上げた由、風の便りにきいている。
2007/12/27 Thu
信長
NHK教育で放映。劇場録画放映「信長」。
これを2度も目にしてしまった私も私。不覚の極み。
信長像をめぐっては、なんら興味を惹かれるような新たな解釈なんぞ、微塵もなければ。
むしろ、NHK大河の過去の放映作品、緒形直人さん主演「信長」の信長像に、共感し、新鮮味を覚えたものだが。
海老蔵さん、もうちょっと謙虚に、芸に磨きをかけた方がよござんす。
市川海老蔵が、新たなる解釈による織田信長像を見せた話題の舞台…【作】斎藤雅文【演出】西川信廣…これで視聴は2回目だが、番組紹介内容を参照したのは初回。新たなる解釈とやら、人間解釈をめぐっては、不真面目さが前面に出ていて、観ていて気持ちが悪くなるは、海老蔵の大根振りに、「こんな姿をよくぞ公共電波に流す度胸があるは」と驚くは。
これを2度も目にしてしまった私も私。不覚の極み。
信長像をめぐっては、なんら興味を惹かれるような新たな解釈なんぞ、微塵もなければ。
むしろ、NHK大河の過去の放映作品、緒形直人さん主演「信長」の信長像に、共感し、新鮮味を覚えたものだが。
海老蔵さん、もうちょっと謙虚に、芸に磨きをかけた方がよござんす。
2007/12/24 Mon
パックンはかく語りき「よくできたプロパガンダだね」
『華氏911』が日本で公開された当時、わが国で米国的話術で信頼を得ていた、ある“外国人(金髪へ碧眼)”タレントが、かく申していた。のを、私はよく覚えている。
私も大きな口はたたけない。かの「カネもうけだけが目的の外国人タレント」が、大口をたたいて「よく出来たプロパガンダだ」だといったことを信じたんだから。
かく評された『華氏911』を、恥ずかしながら、今夜、はじめてケーブルチャンネルで、よくよく視聴した。遅すぎたというのが第一印象。まんまと前宣伝に乗せられたというのが、第2印象。
これをプロパガンダというのなら、日本のメディアは、すべて、パックンの価値指標では、プロパガンダだね。
パックンは、そのプロパガンダの渦中で、よく稼いでいるんだね。
祖国への貢献に、敬礼する。続きを読む
私も大きな口はたたけない。かの「カネもうけだけが目的の外国人タレント」が、大口をたたいて「よく出来たプロパガンダだ」だといったことを信じたんだから。
かく評された『華氏911』を、恥ずかしながら、今夜、はじめてケーブルチャンネルで、よくよく視聴した。遅すぎたというのが第一印象。まんまと前宣伝に乗せられたというのが、第2印象。
これをプロパガンダというのなら、日本のメディアは、すべて、パックンの価値指標では、プロパガンダだね。
パックンは、そのプロパガンダの渦中で、よく稼いでいるんだね。
祖国への貢献に、敬礼する。続きを読む
「犬神家の一族」の最期
主役をつとめる石坂浩二は無論のことだが、高峰三枝子の演技に惚れ惚れ。と投稿したのが、今年の初夏。
それと、脇をつとめる坂口良子、司葉子、岸恵子らの演技に納得。
私の一番は、やはり「犬神家の一族」の高峰三枝子だ。
最近公開されたヤツはいまだ見てないけれど、がっかりするのがこわい。
さっそく、CSチャンネルで放映された2006年版「犬神家の一族」。
これまで2度、おそるおそる視聴。
やはり、がっかり。
そのつど、モノクロの効果を駆使したオリジナル版の味わいが台無しになっていたのを確認した。
なにより、いいおかし味を出し、それゆえ、犬神家の悲劇を際出させ、一方、金田一探偵氏を、曇りない眼で評価していた宿屋の娘役。
“彼女”の雰囲気を台無しにしていた配役が、致命的。
彼女のような肝心要の役。姿だけ良くて、セリフ回しも所作も、雰囲気も、何から何まで合わないのが分かっているのに、あんな大根役者を、なぜ、あのような肝心な役に配役したのか、プロデューサーの手腕が問われるところ。
息の合わなさ。間の悪さ。これらは、監督の勘違いか、プロデューサーの強いた製作設定のなせる業だったか。
力量のある役者陣さえ、大根役者と化してしまった。
監督がワザとこういうふうに仕立て上げたのかと、勘ぐってしまいたくなるくらい、何から何まで、どうすれば、オリジナル作品をこうまでおもしろくなくさせられるのかと、思わせられるくらい……
2007/12/22 Sat
UFO論議
先日、ある国会議員の質問を契機に、一国の閣僚が、UFOを確認したかしていないかを明言するという顛末があったが、まだ言うか、という今回のニュース。
いい加減にしてほしい。
渡海文科相によると、21日の定例閣議も、UFOに関する活発な論議が行われたという。このタイミングで、そういう論議にうつつをぬかしている閣僚の質とは、いったいなんだ。
年金処理をめぐる善後策、原油価格高騰の影響にたいする支援策などなど、真剣に議論すべき課題はいくつもあっただろうに。
UFO論議一般としても稚拙な問題の立て方をしている文科相。
渡海文科相は、政府としては今のところUFOの調査は考えていないとし、自身も地球外生命体の存在を個人的に信じるか否かについては立場を明確にすることを避けたが、「専門家に会ったらいろいろ聞いてみたい」との興味は示した。地球外生命体が存在するかしないか、という問題と、未確認飛行物体が確認されたか確認されていないか、という問題とは、問題の性質上、まったく別個のことだ。
20日には石破茂(Shigeru Ishiba)防衛相が記者会見で、平和憲法の下で「宇宙人」に自衛隊がどう対処できるかに関する自身の考察を披露した。政府の興味は、宇宙科学一般に向けられているのではないと思われる。
通信衛星の打ち上げ技術が後退停滞しているのではないかとの危惧の声もものかは、技術開発のための予算はいったいどうなっているのか。
その一方で、宇宙防衛システムの構築という、軍需産業よだれものの国家プロジェクトを推し進めるために、やっきになっている。
2007/12/17 Mon
グランプリファイナル・エキシビション
みんな、それぞれ良かったんだけど、涙が出てきたのは、浅田真央さんと、ステファン・ランビエールさんの演技。
この2つの演技からは、トリノ・オリンピックのときの、荒川静香さんのフリーとエキシビションの演技に匹敵するくらいの感動をもらった。
ステファン・ランビエールのエキシビションといえば、トリノ・オリンピックのときにも、すごく感動して、使われていた曲にもまいってしまって、それをきっかけにCDアルバムを購入してしまったっけ。
今回のエキシビション、フリーもそうだったけど、演技構成は、抜群だったんじゃないだろうか。
浅田真央のブルーの衣装は、荒川静香のエキシビションのときの衣装の色彩を思い起こさせたけれど、彼女は、より可憐にかつしっとりと、曲調によくあって、すばらしかった。
この2つの演技からは、トリノ・オリンピックのときの、荒川静香さんのフリーとエキシビションの演技に匹敵するくらいの感動をもらった。
ステファン・ランビエールのエキシビションといえば、トリノ・オリンピックのときにも、すごく感動して、使われていた曲にもまいってしまって、それをきっかけにCDアルバムを購入してしまったっけ。
今回のエキシビション、フリーもそうだったけど、演技構成は、抜群だったんじゃないだろうか。
浅田真央のブルーの衣装は、荒川静香のエキシビションのときの衣装の色彩を思い起こさせたけれど、彼女は、より可憐にかつしっとりと、曲調によくあって、すばらしかった。
2007/12/12 Wed
多様化が必然だとすれば
「爆発的な人口増と、文化や生態系の著しい変化により、人類の適応の可能性が広がった。過去1万年の間に、人類の骨格や歯は急速に進化し、食餌や疾病に対する遺伝的反応にも数々の変化が生じた」多様化が進化の必然であるとすれば、多様性は人間の今後の発展にとっても必要不可欠な因子だろう。
だとすれば、人類社会の多様性を国際社会が相互に認め合うことが求められるし、そうすることで、国際社会全体の発展が保障されるのだろう。
多様性というとき、宗教的な意味でそうだし、社会の体制という意味でも、価値観という面でも、その多様性をどう相互に理解しあおうとするかが、今後の国際社会に問われてくるのだろう。
いま、グローバリズムの名ですすめられている、ある特定の経済的政治的価値観の押し付けは、人類の発展という長いスタンスから見ると、どうも、一時的な模索、錯綜過程と言えるようだ。