2008/05/17 Sat

ゴミ出しをめぐって

転居する以前の地域で、ゴミ分別の意識が、住民のなかでいかに低いかということを、まざまざと実感していたワタシ。
引越しした先のこのアパートで、どれほど、それを、より、目の当たりにしてきたか。

すなわち、この地域では、「燃やす」ゴミは、毎週月曜日と木曜日の朝(実際は、午前10時ごろまで)にステーションに持ち込むことになっているが、現実は、ダラダラと、いつまでもゴミが、ステーションからなくならない。

月々、決まった日にち(だいたい毎月一日)しか保障されない「燃やさない」ゴミ(ガレキ)、「資源」ゴミ(当該自治体で当面リサイクル可能な物資)などの規定日も、ほとんど守られていない。

なんと、今期、不動産屋も業を煮やしたのか、この2年間なかった、ゴミステーションへの掲示板設置。
ただし、資源ごみと有価ゴミ(当該自治体など、住民がボランティアで分別している資源ごみ)の区別、すなわち、当該地域で、いったい、住民が自主的に資源ごみを分別しているのかどうかの確認もせず、アパート設置地域で、さも、資源ごみの分別作業が、このアパートのゴミステーションで行なわれているかのような誤解をうむような通知方法だったが。

そんな“努力”にもかかわらず。
燃やすゴミを出す日にちも守られず。
引越し期間とはいえ、「ガレキ」ゴミを出すべき日程も守られず。

アパート住人以外に、ゴミを持ち込んでいる不届きものがいないかどうか、という問題がある。
これについては、ワタシ自身、たまたま、ほかから持ち込んでいる男性を目撃しているし、そのカレに、直接苦言を呈したこともある。
そういう不届き者が、まだいるかもしれないという仮定も含めて…

消費者の権利として、あるいは、消費者の政治的義務として、ゴミの管理を、自分自身の政治的市民的自覚のもとに、社会に還元すべきであることを、声を大にして提言したい。

すなわち、ゴミは、自分や自己の属する世帯の住居スペースから見えなくなったからといって、自分の生活の脈絡(経路)から無関係となったわけでは、けっしてないことを、まずは自覚すべきであること。
自己(自分自身を含めた世帯全体)の生活スタイルの“成れの果て”として、その成果、その結末、その尻拭いの責任を有するモノとして、社会的に実存し続けるものであると自覚すべきこと。

それらの分別は、自己の(自己を含む世帯全体の)生活スタイルを、真の効率性の点からも、社会的に還元可能な生活であるかという点からも、重要重大な点検要素として、重視すべきであって、政治的社会的な責任とあいまって、その選択をすべき市民的責務からして、自分たち自身の怠慢を放置すべきでないこと!!!!

これは、女性だから、男性だからといった区分では片付けられない。

なにせ、ワタシの身近に、女性だからこその鈍感さでもって、これまで周囲の環境を、どんよりとさせ、ゴミをわが身にまとわせ、フロアをゴミを山にしていたのを目撃しているからだ。

性別を問わず、これは、市民的政治的責務、いや、義務といえよう。

しかし、これだけ、不動産屋さん自身が明示しているのにもかかわらず、不届き者が続出するという体たらく。
もしも、アパートの住民のなかに、その不届き者がいるとしたら、けっきょく、どういう風に対処すればいいんだろう。

こういうときに、いわゆる、監視カメラなど、住民監視装置の是非が云々されるんだろうな。
posted by Kyawa at 00:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 生活
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